2012年1月8日日曜日

ex-anteとex-post

話がマニアックになって恐縮だが、ファイナンスの実証研究の話をする際には、ex-anteとex-postの違いについて説明しておいた方が良いように思う。まず、辞書的な定義は以下のようなものだ。

ex-ante:事前の、といった意味で、ex-ante returnは期待リターンのこと。
ex-post:事後の、といった意味で、ex-post returnは実現リターンのこと。


何故この違いが重要になるのか。CAPMをはじめとするファイナンスの理論は、証券の期待リターンを記述するためのものである対し、実際に観測できるのは証券の実現リターンのみだ。期待リターンは投資家の頭の中だけにあるものなので、直接観測することはできない。そのため、理論の実証を行う際は、この期待と実現の間のギャップをどのように埋めるか、という点が重要になる。

期待リターンと実績リターンの関係をイメージするために、以下のような例を考えてみる。尚、話を単純にするために、無リスク金利rfは定数としてしまっている。

1. 投資家の頭の中に全ての証券のリターンと共分散(リスク)の予想があり、その予想は全ての投資家で共通している。

2. 全ての投資家はその予想値を用いて、自らのポートフォリオが平均-分散の意味で効率的になるように行動している。

3. 経済の状態は刻一刻と変化しており、投資家は、日々連続的に取引をする。投資家が意思決定する各時点では、1, 2の前提は成立しているが、時間の経過とともに、証券リターンとリスクの予想値は変化していく。

4. 上記の前提のもとで、各時点において、CAPMの主張であるE[ri]-rf=βi(E[rm]-rf)という関係が成立していることを実証したい。


実証のためには、証券リターンの期待値、β、市場ポートフォリオリターンの期待値がそれぞれ各時点について必要だが、これらは全て観測不能だ(βについても、理論上は投資家の予想する共分散から算出するものなので観測不能だ)。

そもそもCAPMに限らずファイナンスの実証は、「観測できない期待値をいかにして観測可能な実現値で近似するか」、という点に創意工夫が必要とされる分野だ。そのため、Rollの批判を単に、「市場ポートフォリオは観測不能なのでCAPMは実証不能」とだけ言ってしまうと、誤りではないが、かなり「身も蓋もない」主張となってしまう。そんなことを言ったら、そもそも全て観測不能なのだ。Rollが実質的に問題としたのは、近似の精度なのだと理解した方が良いだろう。次回以降は、上記の例では、どのように実証を行うべきなのかについて考えていきたい。

※完全に余談だが、Rollは確かAPT陣営だったと思うので、APTの普及のためにCAPMを強く批判する動機があり、Rollの批判はあのようなセンセーショナルな書き振りになっている、と個人的には思っている。

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