2012年8月18日土曜日

行動ファイナンスブームのその後

仕事でもないのに、しっかりとしたテーマに沿って記事を連載するなどということはそもそも私の性格では無理だ、ということに遅ればせながら気づいたので、思いつき型1話完結のエントリの数を増やす方針にしてみることにしました・・・。

今回は行動ファイナンス雑感。個人的な感覚では、行動ファイナンスが流行していたのは2000年代中盤あたりで、その頃には証券アナリストジャーナルといった業界紙で特集が組まれていたり、本屋で行動ファイナンスの入門書が平積みされているのをよく見た。

若手のファイナンス研究者の中には、既に上の世代が一通りつばをつけてしまっている伝統ファイナンスの分野ではなく、行動ファイナンスに領域をシフトした人も相応にいたのではないかと思う。

最近は、当時と比べると大分ブームが落ち着いたように思う。それは、良く言えば行動ファイナンス的なアプローチが浸透して半ば常識化したため、当初程は騒がなくなったということだろうし、悪く言えば、言う程革新的なアプローチではなく、結局伝統ファイナンスの現代的な拡張の一側面をクローズアップしただけだったのだ、と皆が気付いたということなのだろう。

2012年6月30日土曜日

「為替にリスクプレミアムはない」は真実か?(1)

伝統的な資産運用の文脈では、為替取引はゼロサムゲームで、リスクプレミアムは存在しない。そのため、為替リスクはヘッジコストが0であればフルヘッジすべきで、コストが発生する現実の運用では、ヘッジコストとのバランスを考慮してヘッジ比率を決めるべき、というような議論がなされる。

この辺はあまり詳しくないのだが、外国株式の場合、為替リスクと現物株式リスクを比較すると後者の方が大きく、コストを払ってまで為替リスクをヘッジするメリットに乏しい。その一方、外国債券の場合は、現物資産のリスクが株式と比較して小さいため、ファンド全体に占める為替リスクは大きくなる。そのため、株はヘッジなしでいいが、債券はヘッジすべき、といった主張がなされることがある。

2012年6月27日水曜日

日本版ヴァンガードは可能か?

日本にもヴァンガードのようなインデックス運用会社を、であるとか、ネット証券やネット生保を引き合いに出して、日本にも資産運用会社版ユニクロを、という声は近年比較的よく聞くと思う。とは言いつつも、なかなか都合よくそうした会社が現れないのが現実だ。

これは、既存の運用会社は価格破壊系商品で売ろうとすると、まず自社内の他の高コスト商品からの乗り換えが発生するので手を出しにくい、という事情も当然あるだろうが、コストと品質を「リーズナブルに」バランスさせることは、想像以上に難しいという面も大きい。

2012年6月26日火曜日

システマティックファクターとしての市場流動性

ちゃんと調べなおしたわけではないので、かなり昔の記憶と想像に頼っているが、流動性と株式リターンの関係について記載しておく。機会があれば、後で調べ直して正確に記載し直すかもしれない。まず、もっとも一般的な考え方は、流動性に難のある資産はいざというときに換金できないリスクがあり、その分投資家は流動性リスクプレミアムを要求するため、取得価格がディスカウントされて高リターンが期待できる、という考え方だろう。これは株式だけに限らない。

しかし株式の場合、アセットプライシングの文脈で、上記考え方とは微妙に異なる解釈がなされることがある。「市場全体」の流動性をシステマティックなリスクファクターとみなし、そのファクターには正のプレミアムがあるという考え方だ。個別銘柄の流動性ではなく、市場全体の流動性がファクターだという話なので、前述の議論とはニュアンスが異なる。

2012年6月24日日曜日

「流動性」とは何か

流動性とは何か、と問われたらどのように答えるだろうか。多少なりとも投資に関する知識がある場合は、市場での出来高=流動性、という回答をすぐに思い浮かべるだろう。実際に、市場での売買株数を発行済株数で除したターンオーバーレシオという指標が最も頻繁に利用される流動性指標だと思う。

ただし、流動性指標としては、このターンオーバーレシオの他にも、少し調べただけでも、アスクビッドスプレッド、無取引日数比率、ILLIQ、Kyleのλ、デプス等々、実務でも使えそうかどうかはさておき、様々な流動性指標が存在する。まずは、これらの具体的な指標が代理しようとしている、「流動性」なる概念の定義を確認してみる。以下、教科書からの引用である。

中長期の株式運用と流動性

機関投資家の運用において、流動性や執行コストの管理は、銘柄選択やポートフォリオのリスク管理などと比較すると、従来は必ずしも主要な関心事ではなかったかも知れない。ただし、2000年代に入ってからは、ある程度規模のある運用機関では、中長期でのポートフォリオ構築を生業とするファンドマネージャーと、短期での売買執行を主業務とするトレーダーによる分業が定着した。また、近年の(と言う程最近ではないが)アルゴリズムトレードや高頻度取引の普及で、短期での執行管理の重要性は一昔前よりも確実に上がっていると思う。

2012年1月22日日曜日

ゼロベータCAPM(2)

前回はゼロベータCAPMの導出を説明したが、導出の流れ自体は特段難しい話ではないだろう。ただ、この理論の経済的な含意や実際の投資への示唆は何かと問われたら、どのように答えるだろうか。

安全資産がある世界でのCAPMの場合、理論が前提としている仮定は非現実的なのだが、導かれる結果は、それなりに我々の経済的な直感に合うものだ。例えば、「全ての投資家は、安全資産と市場ポートフォリオのみを組み合わせて保有する。そしてこの2資産の比率は、投資家のリスク許容度に応じて異なる。」という二基金分離の結果は、確かに現実の投資家はそれに近い行動を取ることもあるな、と思わせる内容だ。

だが、ゼロベータCAPMの場合、前回の説明を聞いただけでは、その種の納得感を得ることはできない(少なくとも私はできなかった)。そもそも、市場ポートフォリオと無相関のゼロベータポートフォリオとは、我々が現実に投資をする際にはどのような資産に該当するのか、全くイメージが沸かない。正直なところ、ゼロベータポートフォリオというのは、安全資産のあるCAPMを導出する過程での中間生成物で、それ自体に大した意味はないのだ、とも思えてくる。

2012年1月21日土曜日

ゼロベータCAPM

次は、1972年にFischer Blackによって考案された、ゼロベータCAPMに話題を移そうと思う。正直に告白すると、初めてゼロベータCAPMを学んで以後、私は長らくゼロベータCAPMが良く理解できなかった。もう少し正確に言うと、やっている数学的な操作は理解できるのだが、この理論のどこに意義があるのか、また何故こう表現すると嬉しいのかが理解できなかったのだ。

単に学者が自己満足で数式をいじって理論と称しているだけで、実際は大して意義などないのではないか。そう思いたいところだが、この理論を考案したのは他でもないFischer Blackだ。きっと自分には理解できない深遠な含意があるに違いない、などという、どうも釈然としない感情を長らく抱いていた。その後、私自身は、ゼロベータCAPMの原論文と、その理論と対をなすBlack, Jensen, and Sholes(1972)のCAPMの実証研究の論文を読んで、この理論の意義をようやく(自分なりにではあるが)理解できるようになった。

結論を急がずに、まずは標準的な教科書でゼロベータCAPMがどのように説明されているか確認していくことにする。

2012年1月15日日曜日

Fama and MacBeth(1973)(2)

Fama-MacBethの1段階回帰では、1段階目は個別銘柄単位で行うが、2段階目はポートフォリオ単位で行う。具体的には、1段階目で得られたβが高い順に個別銘柄を並べ、上位から順番に等銘柄数で20個のポートフォリオを作成する。つまり、βが同じくらいの水準の銘柄でポートフォリオを組む。そのポートフォリオを用いて、2段階目の回帰を行うことになる。正確には、ポートフォリオを構築に使用するβと、2段階目の回帰で使用するβは測定期間を変えていたりするのだが、細かな技術的な話なので割愛する。

これは、観測誤差(errors-in-variables)問題に対する対処のための手法だ。観測誤差の問題というのは、通常の回帰分析(OLS回帰)を行う際に、説明変数に観測誤差が存在する場合、推定される係数が過小評価されるバイアスが発生する問題のことだ。つまり、2段階目の回帰に使用するβの誤差が大きい場合、推定されるリスクプレミアムγ1は過小評価されてしまう。そして、1段階目の回帰は変動の激しい個別銘柄リターンを使用して算出するため、必然的に推定されるβの誤差は大きい。

こうした技術的な問題を回避するために、2段階目の回帰はポートフォリオ単位で行う。各ポートのβは、そこに含まれる銘柄のβを平均したものなので、個別銘柄βの誤差が相殺されてポート単位では誤差が小さくなる。分散投資によって、個別銘柄のアンシステマティックなリスクが相殺されてゼロに近づくのと同じ理屈だ。

2012年1月14日土曜日

Fama and MacBeth(1973)

それでは、Fama and MacBeth(1973)が行った検証の概要を見ていくことにする。60年代に実施された初期のCAPM検証では、高βの銘柄はCAPMが示唆する水準よりもリターンが低く、低βの銘柄はリターンが高い、という理論と整合しない結果が報告されていた。「低βアノマリー」などと呼ばれることもあり、今日でも原因の明確な特定には至っていない、古くて新しい話題だ。

あまり厳密な話ではないが、直感的な連想としては、2000年代後半に株式運用の世界で流行する「最小分散ポートフォリオ」や「低ボラティリティ戦略」と根は同じ話だと考えることもできる。そう考えると、運用・投資の業界というのは、過去幾度となく行われてきた議論が現代の文脈に合わせて語り直されているだけであるとも言える。

2012年1月9日月曜日

経験則から普遍的な法則への跳躍

前回で証券の期待リターンの代理変数(=近似した値)は決まった。市場ポートフォリオについても、証券リターンと同様に、株式インデックスの将来実現リターンを月次で使用する。尚、リターンのタイミングや期間の問題とは別に、市場ポートフォリオの代理として株式インデックスを用いていいのか、という大きな問題が存在するが、これについてはテーマが大きすぎるのでここでは触れないことにする。

そして最後はβだ。βは投資家が予想する共分散から導出されるため、投資家の期待リスクを表現している。一般的に、リスクはリターンと比べて時系列で安定しており、予測も容易だとされている。例えば、過去のリターンをそのまま将来のリターンの予測値として使用した場合、その予測の精度は非常に低いが、リスクの場合はそう悪くない予測精度だ(定性的な表現で恐縮だが)。そのため、βの場合、リターンほどは代理変数を何にするかで神経質にならなくてもよい。例えば期待βは、過去60ヶ月の月次実現リターンを用いて推定したβを使用するのが一般的だ。

ex-anteとex-post(2)

では、ある月の月末時点でCAPMが成立しているかどうかテストすることを考えてみる。前提は前回記載した通りだ。実証のためには、月末時点での投資家の頭の中にある、証券の期待リターン、市場ポートフォリオの期待リターン、βを近似する必要がある。

まず、証券の期待リターンを考える。実現リターンを用いて近似する場合、月末よりも過去のデータを利用すべきだろうか、それとも将来のデータを使用すべきだろうか。一番単純なのは、過去の実現リターンをそのまま期待リターンとして使用するというものだ。ただし、過去の実績をそのまま将来に適用できるわけではないことは、誰しも知っている。現実の投資家は、恐らくそのような将来リターンの予想はしないだろう。

2012年1月8日日曜日

ex-anteとex-post

話がマニアックになって恐縮だが、ファイナンスの実証研究の話をする際には、ex-anteとex-postの違いについて説明しておいた方が良いように思う。まず、辞書的な定義は以下のようなものだ。

ex-ante:事前の、といった意味で、ex-ante returnは期待リターンのこと。
ex-post:事後の、といった意味で、ex-post returnは実現リターンのこと。


何故この違いが重要になるのか。CAPMをはじめとするファイナンスの理論は、証券の期待リターンを記述するためのものである対し、実際に観測できるのは証券の実現リターンのみだ。期待リターンは投資家の頭の中だけにあるものなので、直接観測することはできない。そのため、理論の実証を行う際は、この期待と実現の間のギャップをどのように埋めるか、という点が重要になる。

2012年1月7日土曜日

CAPMを救え

1960年代の最初期のCAPMの実証結果は以下のようなものだ。

・βのリスクプレミアムγ1は、市場インデックスの超過リターンと比較して低すぎる。そして、γ0がプラスになってしまう。つまり、低β銘柄のリターンは理論が示唆する水準よりも高く、逆に高β銘柄のリターンは理論が示唆するより低くなってしまう。

これはCAPMの成立を主張するには厳しい結果だが、この結果は以下の二通りの解釈が可能だ。

一つ目の解釈は、CAPMの理論は正しいが、前回説明した二段階回帰での推定方法に問題があるというものだ。初期のCAPMの実証には株式の個別銘柄リターンが使用されているが、個別銘柄のリターンは標準偏差が大きく、1段階目で推定されるβの測定誤差は大きい。その測定誤差の大きいβを二段階目の推定のインプットに使用した結果、推定したγ1が真の値よりも小さく推定されるバイアスが発生する。いわゆる観測誤差(errors-in-variables)の問題だ。この観測誤差の問題により、真の値と比較してγ1が低くなり、その分γ0が高く推定されてしまう。

2段階回帰

では、初期CAPMの実証結果を見ていこう。どんな分野でもそうだと思うが、研究が進展するにつれ、方法論は精緻化・複雑化していく。ただ、技術的な細かい話を抜きにすれば、CAPMの実証は以下の2本の式を理解すればよい。これがCAPM実証のアルファでありオメガだ。

単なる回帰式なので、技術的には退屈に感じるかもしれない(私の最初の印象もそうだった)。だが、真面目に向き合うとたった2本の回帰式でも、経済的な含意まで含めて理解しようとすると、思いの外奥が深い。一見単純に見えるものほど、適切に理解することは困難なのだ、ということを強調しておきたいと思う。

\setlength{\baselineskip}{14pt}

r_{it}-r_{ft}=\alpha_{i}+\beta_{i}(r_{mt}-r_{f})+\epsilon_{it}

\overline{r_{i}-r_{f}}=\gamma_{0}+\gamma_{1}\beta_{i}+\epsilon_{i}

2012年1月5日木曜日

CAPM実証の歴史

だいぶ話が逸れてしまったが、話をCAPMに戻そう。ここからはCAPMの実証研究の歴史を概観していく。CAPMの理論面だけ追うと、良く言えば非常に整然として体系的な、悪く言えば現実を置き去りにした机上の空論のような印象を抱く。ただし、それは後世の人間が体系的に整理した教科書の記載を読んだ際の印象であり、CAPMの実証の歴史を時系列に追っていくと、理論と実証がお互いに影響を及ぼしながら、ダイナミックに発展していく様子を感じ取ることができる。

CAPMの実証の歴史をざっと概観すると、以下のようなものだと思う。

まず、CAPMが確立される以前は、「どうやら、市場インデックスをファクターとして、シングルファクターモデルを構築すると、シンプルなモデルの割には、現実の証券リターンの動きを良く記述できる」という経験的な事実があった。CAPMは、こうした実証結果を理論面から裏付けるために考案されたという点は、当たり前のことではあるが、強調しておくべきことのように思う。