2012年1月9日月曜日

経験則から普遍的な法則への跳躍

前回で証券の期待リターンの代理変数(=近似した値)は決まった。市場ポートフォリオについても、証券リターンと同様に、株式インデックスの将来実現リターンを月次で使用する。尚、リターンのタイミングや期間の問題とは別に、市場ポートフォリオの代理として株式インデックスを用いていいのか、という大きな問題が存在するが、これについてはテーマが大きすぎるのでここでは触れないことにする。

そして最後はβだ。βは投資家が予想する共分散から導出されるため、投資家の期待リスクを表現している。一般的に、リスクはリターンと比べて時系列で安定しており、予測も容易だとされている。例えば、過去のリターンをそのまま将来のリターンの予測値として使用した場合、その予測の精度は非常に低いが、リスクの場合はそう悪くない予測精度だ(定性的な表現で恐縮だが)。そのため、βの場合、リターンほどは代理変数を何にするかで神経質にならなくてもよい。例えば期待βは、過去60ヶ月の月次実現リターンを用いて推定したβを使用するのが一般的だ。

こうして、証券リターン、市場ポートフォリオリターン、βの期待値の代理変数が月次で得られた。後は、各月についてCAPMのテストを行えばよい。以上が期待値を実現値で近似するプロセスだが、最後に、そもそも何故、CAPMという理論は期待リターンで記述されているのか、という点について説明したいと思う。

そもそも、上述の期待値というのは、実際に観測できない理論上の仮想物だ。そんな非現実的なものを持ちだすくらいなら、初めから実現値を用いた分析に専念すれば良いではないか。そう考えるのはもっともだし、私は実務家なのでその意見に9割方賛成だ。ただ、実現値に関する分析だけでは、どんなに長い期間のデータを用いて詳細な分析を行ったとしても、そこから得られた結果は「経験則」に過ぎない。その分析期間中に偶然そういう傾向があった、という可能性を排除できないし、将来その傾向が継続する補償もない。将来もその傾向が継続するという確信を持つためには、経験則から普遍的な法則への跳躍が必要とされる。

過去のデータを分析する限り、どうやら証券のリターンは、株式インデックスのリターンに対する感応度βに連動するようだ。これが観測事実から得られた経験則だ。この経験則を将来も継続する普遍的な法則にするためには、この観測された事実に加えて、「何故このような現象が発生するのか」というメカニズムの記載が必要となる。これが理論だ。証券の価格を決定するのは人間なので、投資理論は、人間が投資を行う際の意思決定のメカニズムを明らかにし、その意思決定が観測された現象を引き起こすプロセスを記述したものでなければならない。そして、投資家は将来の期待に基づいて投資の意思決定を行っているため、投資理論は期待値で記載されたものでなければならない。これが、CAPMが期待値に関する理論となる理由だ。

そもそも、多様な人間が引き起こす社会現象を取り扱う社会科学は、普遍的な法則を確立するのが極めて困難な分野だ。そうした分野で、経験則から普遍的な法則への困難な跳躍を試みた軌跡が、あのCAPMの非現実的な仮定の数々なのだ。そう考えると、先人達の情熱と執念に対して、自然と畏敬の念が湧きあがっては来ないだろうか。

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