2012年1月7日土曜日

2段階回帰

では、初期CAPMの実証結果を見ていこう。どんな分野でもそうだと思うが、研究が進展するにつれ、方法論は精緻化・複雑化していく。ただ、技術的な細かい話を抜きにすれば、CAPMの実証は以下の2本の式を理解すればよい。これがCAPM実証のアルファでありオメガだ。

単なる回帰式なので、技術的には退屈に感じるかもしれない(私の最初の印象もそうだった)。だが、真面目に向き合うとたった2本の回帰式でも、経済的な含意まで含めて理解しようとすると、思いの外奥が深い。一見単純に見えるものほど、適切に理解することは困難なのだ、ということを強調しておきたいと思う。

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r_{it}-r_{ft}=\alpha_{i}+\beta_{i}(r_{mt}-r_{f})+\epsilon_{it}

\overline{r_{i}-r_{f}}=\gamma_{0}+\gamma_{1}\beta_{i}+\epsilon_{i}

まず、1本目の式は、いわゆる証券特性線(SCL)を推定する式だ。この式で、個別銘柄単位、時系列で回帰分析を行い、αとβの推定を行う。添え字のiは個別銘柄、tは時点を表す。ここではtは月次だと思って頂いて良い。riは個別銘柄リターン、rmはS&P500指数などの、市場ポートフォリオの代理として使用する株式インデックスのリターン、rfは無リスク金利を表す。εは誤差項だ。

例えば、2007年から2011年までの5年間のデータを用いてαとβを算出する場合、回帰インプットは、60ヶ月分の月次の銘柄iのリターン、株式インデックスリターン、短期金利で、アウトプットとして各銘柄iのαとβの組が算出される。この回帰を、分析対象銘柄が500であれば500回繰り返して、各銘柄のαとβを算出する。

次に、二本目の式だが、これはいわゆる証券市場線(SML)を推定する式だ。この式で、クロスセクションで回帰を行い、βのリスクプレミアムを推定する。文字の上にバーがついているのは標本平均を表す。インプットは、一段階目で得られた個別銘柄βと、個別銘柄「期待」超過リターンで、アウトプットはβのリスクプレミアムであるγ1と切片項であるγ0だ。もしCAPMが成立していれば、γ1は市場ポートフォリオの「期待」超過リターンと一致し、γ0は0になる筈である。

ここで、細かい話だが、CAPMは理論的には、期待リターン同士の関係を記述したものであったことを思い出して欲しい。当然のことながら、期待リターンは現実には観測不能だ。そのため、個別銘柄期待超過リターンは、個別銘柄リターン-短期金利の分析期間中の標本平均を推定値として使用する。市場ポートフォリオの期待超過リターンも同様に、株式インデックス-短期金利の標本平均を推定値とする。

直感的な表現になるが、1段階目の回帰は個別銘柄単位で「時系列=横方向」に行い(つまり銘柄数=回帰の回数)、2段階目は、全銘柄のデータを集めて「クロスセクション=縦方向」に1回だけ行うことになる。これが有名な「2段階回帰」だ。

2つめの式は1つめの式の期待値を取ったものなので、数式として見ると、同じ式を単に変形しただけのものだ。ただし、経済的にはこの2つを意識的に区別することは重要となってくる。1つめの式は証券リターンの変動を表現した「リスク」を記述した式であり、2つめの式は証券の「期待リターン」を記述した式だ。仮に、1段階目の回帰のあてはまりが非常に良いが、2段階目の回帰のあてはまりが良くないかった場合を考えてみよう。それはつまり、株式インデックスの変動は個別銘柄の変動を良く説明するが、βは個別銘柄の期待リターンには影響を与えないことになる。これは、βはリスクの源泉ではあるが、リターンの源泉ではないことを意味している(実際にそう主張する実証研究もある)。

話を戻すと、CAPMの検証は、この2段階回帰で得られた推定値を用いて、以下の3点を確認する作業であると言える。

(A)1段階目の回帰の切片項であるαが、全ての銘柄において0かどうか。

(B)証券の期待リターンは、βによってのみ決まっているかどうか。つまり、γ0=0が成立しているかどうか。

(C)βのリスクプレミアムは、市場ポートフォリオの期待超過リターンと一致しているか。つまり、γ1=株式インデックスの超過リターン標本平均、という関係が成立しているか。


(A)は、「市場ポートフォリオの効率性のテスト」であり、(B)(C)は「期待リターンとβの線形関係」のテストである。Rollの批判以前は(B)(C)のテストが主流であり、批判以後は(A)のテストが精緻化される、というのがざっくりとした流れだ。

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