2012年6月27日水曜日

日本版ヴァンガードは可能か?

日本にもヴァンガードのようなインデックス運用会社を、であるとか、ネット証券やネット生保を引き合いに出して、日本にも資産運用会社版ユニクロを、という声は近年比較的よく聞くと思う。とは言いつつも、なかなか都合よくそうした会社が現れないのが現実だ。

これは、既存の運用会社は価格破壊系商品で売ろうとすると、まず自社内の他の高コスト商品からの乗り換えが発生するので手を出しにくい、という事情も当然あるだろうが、コストと品質を「リーズナブルに」バランスさせることは、想像以上に難しいという面も大きい。

他業界の聞きかじった事例を引き合いにだしてみると、例えば、近年のユニクロは、「効率的な企業経営」やら、「ビジネスモデル」に興味がある人間はいるが、単純に洋服に興味がある人間が少ないことが問題だ、という話を聞いたことがある。経営手法に脚光があたり、そういう人材が集まってきた結果なのだろうが、当たり前のことだが、如何に低コストであっても、服に興味がない人々が売るものを積極的に買いたいと思う消費者は稀だろう。ブーム当時のユニクロは、服へのこだわりと合理性をきわどいバランスで両立させていたことが最大の売りだった筈だ。

同様のことが、昨今のインデックス型運用商品にも言える。近年、株式運用の世界では、ストラテジーインデックス、非時価総額加重インデックス、等の名称で度々この種の商品が話題に上る。十把一絡げにするのは乱暴ではあるが、基本この種の商品は、従来のクオンツ系アクティブ運用の技術を生かして、パッシブ運用並のコストで、透明性の高い商品を提供する、というものだ。

この種のブームの火付け役となったのが、Research Affiliates社のロバート・アーノット氏が売り出した「ファンダメンタルインデックス(FI)」だ。この商品は2000年代中盤に売り出され、高コストの割にはパフォーマンスが振るわない伝統的なアクティブ運用から残高を奪い、大きなビジネス上の成功を収めた。良く批判されるように、このFIは、従来のバリュー運用の戦略を複製したものに近く、手法的には革新的な部分は特にない。革新的だったのは、従来アクティブ運用として相応に高い報酬を得ていた戦略は、実はこんなにリーズナブルにできると明かしてしまった点だと言える。

従来のバリュー運用のファンドマネージャーが提供していたのは、αではなく、バリューファクターのβに過ぎない。独自性の高いαの提供は高い報酬で報われるべきだが、リスクテイクの適切な対価であるβを提供しているのであれば、運用機関が提供する付加価値は、低コスト、利便性、透明性といったものとなる。

FIの登場以前から、アクティブ運用は平均的には市場に勝てないとか、アクティブマネージャーが提供しているのは殆どβだ、という話は、アカデミックな世界では言われていた話ではある。だが、実際にそれを体現した商品が世に出て、顧客の支持を受けて残高を増やした事実は、センセーショナルな表現になるが、「(少なくとも先進国においては)伝統的なアクティブ運用の賞味期限が切れた」という象徴的な出来事だったと思う。個人的な印象だが、株式運用の世界においては、パッシブ運用の台頭と比肩しうる歴史的出来事なのではないかと思う(やや大袈裟だろうか)。

このように、FIの成功は、運用能力でも、商品設計力でもなく、「王様は裸だ!」と勇気を出して言ってしまった類稀なる氏のマーケティングセンスによるところが大きいと思う。とは言いつつも、氏はもともとアクティブ型の商品を提供してきた人物であり、商品は「安かろう悪かろう」ではなく、アクティブマネージャーとしてのこだわりが随所に見られる(と、思う)。

アクティブ運用を生業とし、氏ほどの地位まで上り詰めた人物であれば、自身の技量にも相応の自負はあっただろう。それまで「品質」に拘りを持ってきた人間が、品質を犠牲にして「リーズナブルさ」を追求する行為というのは、想像以上に精神的な苦痛を伴うものだ。こうした葛藤の狭間で、「品質」と「リーズナブルさ」のきわどいバランスを取ったことが、この商品の成功の理由の一つであるように思う。そして、世の多くの成功した価格破壊系商品は、このバランスを取ることに成功した商品だ。

FI以後、言い方は良くないが「二匹目のどじょう」を狙って、多くの非時価総額加重インデックスが開発されているが、どれもFIほどの成功を収めてはいない。これは、先行者総取りという側面もあるだろうが、それ以上に、アーノット氏はアクティブマネージャーからインデックスプロバイダーへの転身だったのに対し、二番手以降の多くはもともとインデックスプロバイダーだった人々だ、という事情もある気がしている。

もともとインデックスプロバイダーだった人々は、運用に対する興味も経験も希薄な傾向がある。これは良し悪しの問題ではなく、単に職種として求められるものが違う、というだけの話だ。そのため、前述のユニクロのような、運用に興味が希薄な人間が運用商品を提供する、という罠にはまる可能性が高い。後発の非時価総額加重型インデックスは、技術的には先行商品よりも高度だし、ラインナップも多様だ。だがそこには、品質とリーズナブルさのきわどいバランスを取るための経験と、品質に対する情熱が存在しないのだ。恐らく、そのきわどいバランスを取ることができるのは、一度は本気でαを獲得しようと苦闘した経験があるアクティブマネージャーだけなのだろう。

「最終的に否定するためにその道を極める」というのは困難を極める。殆ど不可能なようにも思える。だが、日本で真に顧客にとってリーズナブルなインデックス運用会社が実現するとすれば、その会社はそうした人物によって創られるのではないだろうか。

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